結婚は死別だと思う。

今日も眠い。

この時間はいつも眠い。

まだ周囲が薄暗い中、私は始発の電車に揺られて大あくびをしていた。

マフラーをしている人がまばらになってきた。

もこもこのダウンを着ている人も数えるほどになった。

コロナ対策で開いた電車の窓から流れ込む隙間風が、いつの間にか生ぬるくなった。

 

 

1年付き合っていた彼氏と別れて、早4ヶ月。

季節はすっかり春と化した。

仕事のシフトが早番の時は、よく彼の家に泊めてもらっていた。

彼の家のほうが職場に近く、実家からよりも1時間多く寝られたから。

あとは、彼氏と一緒にいたかったから。

まだ寝ている彼の頬にキスをして、

眠気眼で「行ってらっしゃい」と言われる日々も

今や懐かしい。

 

 

あの時はマフラーをしていた。

彼のダウンを着て、

夜中にコンビニにアイスとタバコを買いに行っていた。

右手だけが、

彼の大きな手に包まれて温かかった。

そんなことを

ふと春の隙間風が吹く電車の中で、思い出していた。

 

 

暇なのでインスタのストーリーを開く。

時系列は昨日の夜。早番の日は早く寝るから、いつものこと。

面白いバラエティー番組やドラマが見たいなあと思っても見てないふりして寝る。

睡眠は健康への投資。

睡眠は健康への投資… 

睡眠は一番簡単な自分への投資…

だが、私が寝ている時間帯というのは、人間にとってゴールデンタイムでもあるわけだ。

とりわけこの時間のストーリーというのが面白い。私は始発の電車に揺られながらそれを見る時間が好きだ。

 

 

だいたい同年代女の上げるストーリーなんて決まりきっている。

友達とオールしている写真、

居酒屋でKP(乾杯の略)、

大学の課題終わらん、

バイトの愚痴、

仕事の愚痴、

男との写真。

私はそれらを数秒ですっ飛ばしていく。

正直仲いい人以外のストーリーはくだらない。

興味がない。

楽しそうにやってるな。

こいつ変わんねえな。

この子彼氏出来たんだ。

可愛いのに相手ブスだな。

ぐらいにしか思わない。

 

 

のだが。

 

私の指が止まった。

 

 

引用ストーリーだった。

中高の友達が2人ほど同じ投稿を引用している。

メンションされていたのは、

さほど仲は良くないが、1度や2度ぐらいは話したことある人達だ。

引用元の人とは繋がってないが、その子とも面識はある。

 

 

Happy Wedding?

結婚おめでとう?

 

 

見慣れない文字が並ぶ。

強烈だったはずの睡魔がすっ飛ぶ。

コロナ渦を考慮したのか、

郵送でお祝いの品とはがきを送ったようだ。

写真にはしっかりと

「Happy Wedding」と記されている。

さすが歴史ある女子校を卒業しただけある。

育ちの良さが伺える。

 

 

まさか。と思い引用元のプロフィールに飛ぶ。

私の知っている聞き覚えのある名字ではない。

明らかに見たことのない名字が誇らしくローマ字で記され、後に旧姓が書かれていた。

 

 

結婚したのか…。

 

 

電車を降りて、

乗り換えする電車のホームへ向かう。

数年前まで制服を着て、

スクールバックを背負っていた私の姿はもうない。改札を通るのも大分慣れた。

 

 

服についていた髪の毛を取った。

電車の窓に映った自分の顔を見た。

間違いなく出勤前のOLのそれだった。

何度見ても、

OLだった。

 

 

気付いたらそれだけ月日が経っていた。

4年前に着ていた制服も、4年後にはもう着れないね(笑)と話のネタになる。

制服ディズニーしている成人を見かける時があるが、普通にイタい。

というか、どこを見ていいのか分からなくなる。

途端にコスプレ感が増す。

明らか成人してるだろ(笑)って人に

無理やり制服を着せて高校3年生!初な女の子。

とタイトルが付いたAVのようだ。(伝われ。)

それだけ長い年月が気づかぬ間に流れていた。

 

 

拭えない違和感と謎の焦燥感に苛まれた。

同じ時間が流れているはずなのに、

私と違う道を歩む人がいる。

当たり前のことと言えば当たり前なのだが、

結婚となるとちょっと話が違う。

例えが悪いけれど、

身近な人が死ぬのと同じかもしれない。

急にどこか遠くへ行ってしまう。

私の知らない世界に行ってしまう。

そんな感覚。

初めての感覚でうまく説明ができないが。

 

 

 

 

ふと元彼との最初のデートを思い出した。

「俺は結婚したいと思ってくれる人と付き合いたいと思ってるんだけど、大丈夫?」

と聞かれた時のことだ。

結婚?まだ仕事も2年目になる頃で、半人前だし。もっと遊びたいしなあ。

でも、この人と愛し合えればできることかもしれない。

そんなことをグルグル考え、

「あなたのことを結婚したいと思うほど好きになれれば、無いことではないと思う。」と答えた。

至極真っ当なことを答えているのだが、

どこかフワフワしていた。

答えながら、そんなことが本当に身に起こるのだろうか。

まだ先だろうと思っていた。

 

 

 

起こるのだ。この年でも。22歳でも。

遠い話じゃない。

 

 

 

元彼は私よりもっと身近な人との"死別"を何度も何度も味わっていたのかと思うと、途端に申し訳なくなった。

中高の面識あるぐらいの人にでさえ、

こんな感情を抱くのだから。

結婚って残酷だ。

独身である自分と友人を"死別"させる悪魔だ。

なのに友人は幸せなのだ。

そこにより一層の残酷さを感じる。

結婚という概念が、

私達独身女性や男性を無意識のうちに苦しめる。

孤独にする。

できなかった者は敗者のように扱われる。

 

勝手に産み落とされて結婚を世の中から強要される。

自由であるということが仇になり、

いい年して独身であることは白い目で見られる。

そんな惨めな気持ちになるなら、

一昔前の日本のように、

何処かの途上国のように、

強制的に結婚させられた方がよっぽど楽なのではないか。

そんなことさえ思い始める。

そしてもっと残酷なことを言うが、

私達が生まれたのは両親の結婚があってのことなのだ。

 

 

 

 

仕事が手に付かない。

痺れを切らしてスマートフォンを触る。

マッチングアプリを開くと

 

「既婚者ですが、セフレ探してます。」

「彼女は探してません。それ目的です。」

「気持ちよくさせます。」

 

スワイプすれば3人に1人はこういう人にあたる。アプリの特性もあるのだろうが、

途端に気持ち悪くなった。

アイコンを長押ししてアプリを2つアンインストールした。

もう二度と見たくないと思った。

こんなにも私を一人の人間ではなく、

ただの女体として、

ダッチワイフとして扱おうと迫る人がいる。

 

 

こんなところで出会いを探して、なんの意味があるんだ。

 

 

そう思った。

 

 

タバコが吸いたい。

小走りで喫煙室に向かう。

ドアを開けると、幾分暖かくなった風が私の横を吹き抜ける。

いい時期にあの同級生は結婚したなと煙をプカプカ吐きながら思う。

道路を走り抜ける車の数々を見て、

運転してる人は独身なのか家庭を持っているのか、そんな余計なことをボーッと考えてしまう。

 

 

私にも春は来るのかな。

寒い寒い冬を何度も乗り越えても、

私に待ち受けるのは吹雪だった。

それでも今の私は吹雪の渦中で打ちひしがれることを何故か選んでしまう。

それに快楽すら覚える。

今はこのままでいい気がする。

春は好きじゃない。

 

 

そういえば、

付き合っていた人との別れも"死別"に似ているなと思った。

仕事に戻ろう。

ため息まじりにドアに手をかけたとき、

そっと元彼に春が来ることを祈ってしまった。