顔面至上主義

「鏡よ鏡。この世で一番美しいのはだぁれ?」

 

 

こんなことを鏡に聞けるほど、美しく生まれたかった。(白雪姫の話の趣旨と少し違うのは承知だが、私の年齢の都合上、目を瞑ってほしい。)私は鏡を見る度、絶望的な気分になる。美人を見る度、嫉妬と自分の醜さに絶望する。だから私はフェイシャルエステに通う。高いサプリを寝る前に飲む。食べたいものを我慢する。高い化粧品を買い漁る。そこまでしてやっと問うことができる。

 

 

 

 

 

「私、美しい?」

 

 

 

 

 

私が小学校に入りたての頃だったと思う。私の両親はいつもより意気揚々としていた。どうやら妹が街中で芸能事務所にスカウトされたという。都内のスタジオに写真撮影をしに行き、返ってきた写真を眺める両親は、「やっぱり可愛いのよ。うちの子。」と言う。両親の目線の先は私ではない。私に「可愛い」という言葉がかけられることはその後なかった。

 

 

私可愛くないんだ。と思った。その時人生で初めて思った。家族で出かけても、私に目をやる者はいない。大体妹に目線が行き、「あら、可愛い子ね。」と大人が口を揃える。幼稚園では、男の子の追っかけができる。私に目をやるものは誰もいない。私に可愛いと声をかけてくれる人は誰もいない。同じ腹から生まれてきたのに、顔の作りが少し違うだけで、私の方が少し長く生きてるのに、妹のために我慢してることだってたくさんあるのに、なんで妹の方が少し顔が可愛いからって、可愛い可愛い言われるんだろう。ずるい。私だって可愛いって言われたい。

 

 

 

 

小学校に入った。(反感を買うのは承知だが)特別頑張らなくても勉強も運動もできる方だった。テストは大体100点満点で持って帰ってくるし、毎年リレーの選手に選ばれて運動会で活躍した。先生の言いつけは守るし、皆をまとめるリーダーやスピーチコンテストに抜擢されたこともある。通知表に「責任感のある子で、友達からの信頼も厚いです。」と書かれ、面談でも特に言うことはありませんと返された。

 

 

でも、私は男の子にモテなかった。告白されたことがないと言うと嘘になるが、俗に言う可愛い子と比べると段違いだった。勉強も運動もできるのに、可愛くないというだけで、男の子達は私を好意を持つ対象から外す。私が可愛くないからだ。そう思った。

 

 

 

中学受験をして、私立中学に入学した。私は小学校の時に友達に色恋話をされるのが苦手だった。というか、男の子のことを好きになれなかった。自分より勉強も運動もできない男の子達が、私の恋愛対象に入る訳がなかった。しかも、そういうのに少し疲れていた。だから女子校を志望し、女子校だけを受験した。自分の気持ちが楽になった。○○君が好きなんだ。とか、○○君が(私)のこと好きらしいよ。とか、そういうくだらない話がなくなった。私にブスであることを突きつける人はいないし、素の自分でいられた。可愛くない私の居場所ができた。

 

 

少しでも可愛くなってみたくなって、コンプレックスだった左目の一重を二重にするために、アイプチを買ってもらった。校則でメイクができないので、友達と出かける時だけアイプチをしてリップをした。髪をいとこからもらったコテで巻いてみた。服をしまむらやパシオスではなく、ピンクラテやWEGOで買った。可愛くなれた。そう思った。

 

 

友達と原宿に出かけた。男の人が声をかけてきた。

「あの、いまサロンモデルを探してるんですけど、あ、ショートの子で探してて…」

男の人の目線は友人に向いていた。自分の髪を触った。私、ミディアムだ…。そっか、ショートの子を探してるから、私じゃないんだなって思った手前、嫌な思考が襲う。私が小学生の頃に味わったあの記憶が蘇る。

 

 

 

私が可愛くないから選ばなかったんじゃなくて?

 

 

 

 

専門学校に入った。その頃には、一重だった左目は二重になっていた。左目に合わせるために奥二重だった右目を並行二重になるようにアイプチで固定した。同じクラスで仲良くなった友人がいた。後に今の親友となる子なのだが、いつもきれいに化粧をしていて、おしゃれだった。原宿の光景が浮かんだ。この子と遊ぶ時、今の自分じゃ隣で歩くの恥ずかしいな。と思った。

 

 

眉毛とアイプチとリップだけのメイクに、アイラインを足した。まつげを上げてマスカラを塗った。WEARや雑誌を見て、ファッションの勉強をした。おしゃれな妹と一緒に服の買い物をした。髪を綺麗に巻けるように練習をして、いろんな髪型をした。鏡を見るのが楽しいと思うようになったのは、この頃からだと思う。私、可愛いかもしれない。

 

 

街を歩く。中学生から続けていたアイプチのおかげで、私の目はすっかり美しい並行二重になっていた。

「ちょっとちょっと!そこのお姉さん!!!」

耳元で急に響いた男性の大きな声でギョッとしてしまう。え?私に話しかけてる?

「この後何するんすか?一緒にお茶でもしませんか?」

キョトンとしてしまったが、少し考えて理解した。私、ナンパされたんだ。

 

 

数メートル先を歩いた。今度は女性から話しかけられた。

「今、サロンモデルを探してるんですけど、お姉さんどうですか?」

その女性の目はまっすぐ私を向いていた。他の誰でもなく、私を見ていた。

 

 

 

 

朝起きて、顔を洗う。Youtubeを見ながら化粧をする。前日から着ると決めていたお気に入りの服を着て、駆け足で洗面所に向かいアイロンを温める。軽く髪を巻いてケープをかける。ピアスを付けて、お気に入りの香水を振って家を出る。今まで私に向けられてなかった目線が、街に出るたび向けられる。

 

この世は間違いなく、顔面至上主義だ。この世を気持ちよく渡り歩くには、美しくあること以上に難しくて簡単なことはない。この世はブスに冷たい。ブスというだけで自尊心をものの見事に打ち砕く。性格がどんなに良くても、「性格のいいブス」以上の何者でもなくなってしまう。そんな世間の冷たい目線が、その人の人格を破壊していく。

 

 

 

 

「鏡よ鏡。この世で一番美しいのはだぁれ?」

「一番ではないけれど、あなたは間違いなく昔のどのあなたよりも美しい。」

 

 

 

今度は昔から気にしていた丸顔が気になる。今の私より美しくなるために、お金を出して小顔になれる魔法をかけてもらおう。私が私であるために