元彼が結婚したらしい(後編)

顔が重い。顔が火照り、浮腫を感じる。化粧がほとんど落ちてしまった顔を擦る。家に着くまで30分。手はアイラインやらマスカラやらで真っ黒になっている。

 

午前3時。静かな車内の中、私はケータイを取り出し、LINEを開いて友人に電話をかけた。家に着くまで30分。軽快な呼び出し音の後、私は笑みを浮かべて話し始めた。

 

📞「聞いて〜!ついに別れたわ!超喧嘩した!めっちゃ泣いた!!ウケる〜!!!」

 

タクシーの運転手さんもきっと察していただろう。マンションの前で立ち竦む男の姿。私が彼の方を一切見ないでタクシーに乗り込んだその意味。私の顔が土偶のように腫れ上がってるのを見て、ビンゴ。

 

さっきあったことをそっくりそのまま、私は話し始めた。

 

📞「それでさ、私訳わかんなくなっちゃって、親友に電話したのよ。そしたら、『あなたは間違えてないから、大丈夫』って言ってもらって。それでさ!全部どーでもよくなっちゃったんだよね!全部終わらせてやる!って思ったの。」

 

 

 

彼の家に着いた。お互いの顔が見えるように座った。さっき食べたモツ鍋がやけに重たく感じる。

 

「あのね、もう一年になるから言うけど、私あなたと結婚したいと思えない。」

 

彼の顔が曇る。

 

「じゃあなんで俺と付き合おうと思ったの。結婚前提にって言ってたじゃん。」

 

「私がこのまま結婚しないって言い続けたらどうするつもり?」

 

「うーん。他の人を探すかな。」

 

「そっか。結婚がしたいだけなんだね。」

 

「いや、俺は、お前のことが好きで結婚したいって言ってるんだけど。」

 

「嘘つき。誰でもいいくせに。」

 

「それはお前の思い込みじゃん。」

 

私じゃなくてもいいって思っているくせに。

結婚できれば誰でもいいくせに。

そういう扱いをされてるんだなって、全部分かってるのに、どうして認めようとしないわけ。この一年の不満が全部爆発し、途端に言い合いになる。

 

堂々巡り。鼻で笑いながら次々に言葉を返す彼。私を傷つけるために繰り出される言葉。否定。伝えたいことを一つ一つ伝えようとしても、全く持って伝わらないどころか自己保身の言葉で跳ね返される。喧嘩の度に私が伝えていたこと一つ一つ、彼にはまるで伝わっていなかったみたいだ。

 

「お前の勘違いだ。お前がおかしい。お前が悪い。」

 

容赦なく繰り返される否定の言葉の数々。この1年間をすべて否定されているような気がして、私はたまらず大きな声を上げて泣いた。ティッシュで拭いきれないぐらい泣いた。もう訳がわからなくなってしまった。何が伝えたかったのかも、分からない。

 

そうか、私が間違っているのか。彼が全部合ってるのか。私が謝れば、すべて済むのだろうか。

 

「じゃあ、私が全部悪いってこと?それでいいわけ?」

 

「そしたら俺が全部悪いってことにすれば?」

 

もう駄目だ。この人に何を言っても伝わらないんだ。最愛のはずの彼女が、我をなくして泣きじゃくっているのに、自己保身に走る彼。何が正しいのかも分からなくなり、たまらず彼から離れて部屋の片隅にうずくまった。ケータイを手に取った。LINEを開いて親友に電話をかけた。

 

📞「私、間違ってるのかな。彼が言ってることが、全て正しいのかな。もう分かんなくなっちゃったよ。」

 

📞「大丈夫。話聞いてる限り、あなたは間違ってないよ。ただ、別れるかどうかは勢いで決めちゃだめ。ちゃんと考えてから決めな。」

 

📞「分かった。私決めた。別れるわ。」

 

📞「いいの?」

 

📞「うん。もう好きじゃないから。気持ちなくなっちゃった。」

 

我に返った彼が私の鼻水と涙にまみれた手を握って心配そうに見つめていた。ごめん。ごめん。と何度も何度もつぶやいていたが、私はその手を触らないで。と振り払った。私は至極冷静になっていた。

 

「ごめん。もう一度話させてくれないかな。」

 

「いや、もう私帰るから。タクシーで帰るから。」

 

午前1時半過ぎ。

 

「危ないから始発来るまでいなよ。」

 

「あなたと一緒に朝までいたくない。」

 

同じ空間にいることが気持ちが悪い。赤の他人と急に同じ部屋にされたような気分だ。もう彼の何もかもが受け付けない。早く家に帰りたい。その一心でタクシーの配車をした。

 

「タクシー着いたみたい。じゃ。」

 

私は扉を閉め、一人でエレベーターに乗り1階に下がった。後ろから足音が聞こえる。振り返ることはなかった。

 

タクシーに乗り込むと、彼が遅れて外に出たのを見た。お札を握りしめていたが、私に渡したくないからギリギリをせめて降りてきたのだろう。そういういいところだけを見せようとする態度が大嫌いだった。

 

 

それからというもの、私のLINEに何度も連絡が来たり、妹や親友にまで「もう一度話せないか」とLINEが来たらしいが全部無視した。私の文句を並べた私への謝罪文をインスタのストーリーに載せていたらしいが、見ていた親友は「これ、私があなたに共有すると思ってわざと出してるだろうから、あえて共有しないようにするわ。あなたの悪口ばっかりだし、さも自分は悪くないって言いたげな文章だったよ。」と言っていた。

 

後日、本人からそのストーリーのスクショが送られてきたが、私の悪口が10行ほどと、最後に謝罪の文が2行ほど書かれていただけだった。私が嗚咽混じりに伝えようとしていたことは、この時になっても全く伝わっていなかった。全てのSNSをブロックした。もう一切関わりたくなかった。

 

 

 

時が経つのは早いもので、最近年が明けたと思ったらもう2月だ。去年はこの時期何してたっけな〜。ちょうどあいつと別れてから1年以上経つのか。

 

今日もいつも通りアプリを開く。昨日は「独身最後の晩御飯」って載せてたので、今日は特大ネタが上がっていると思った。

 

「本日、2022/02/02 いい夫婦の日に入籍しました」 5時間前

 

私と別れた1年後、彼は結婚した。

「結婚と結婚した」のほうが正しい表現だろうか。

 

私は知っている。彼は相手のことなどどうでも良く、結婚したかっただけの人間だということ。1年かけてそれに気づき、別れを決断した。

 

コロナ感染者数が増えている中、前日に高熱を出していても式場見学に行っている投稿を見て、彼らしいなと思った。それを止めない婚約相手の女性は、私よりもずっと彼に似合っているなと思った。私は彼のそういうところが許せなかったから。許せるあなたは彼に相応しい。

 

 

 

 

末永くお幸せに。

元彼が結婚したらしい(前編)

私の日課に「元彼のSNSチェック」がある。なぜこんなにも人々は過去に別れた人間の動向が気になるのか。そんなことを冷静に考えられるぐらいには、彼に興味も関心も、未練も全く無いはずなのだが。何故か見てしまう。中毒性がある。

 

 

今日もいつも通りアプリを開く。月曜日。元彼は土日休みだから、今日は特大ネタが上がっているはずだと思った。

 

春に女と動物園デート

夏は女と一緒に花火。プロポーズに使ったであろうピンクのダサい造花の写真。

秋は両家挨拶。

 

10時間前…独身最後の晩御飯という言葉と写真。

 

 

時は遡り1年ほど前、私と彼は街コンで知り合った。ズラッと並んだ男性陣の内、一際目立つ存在がいた。それが後に私と付き合うことになる「彼」だ。

 

私の猛アピールの末、彼が告白する形で付き合った。一昨年のクリスマス前の冬のことである。

 

 

彼は優しい人だった。

仕事で挫けてしまったときに、抱きしめて慰めてくれた。物腰も柔らかくて、口下手で。私の話をうんうんと、ニコニコ笑って聞いてくれた。そんな彼が好きだった。のだが。

 

来る春、新型コロナウイルス感染症により、初めての「緊急事態宣言」が発令された。得体のしれないウイルスにより、日本のみならず世界は恐怖に包まれた。仕事は自宅待機が増え、勤務形態もガラリと変わった。

 

「最近コロナやばそうだし、仕事も自宅待機になってる日もあるから、しばらく会うのやめない?」

 

「え?なんで??家で会う分にはいいんじゃない? 」

 

「不要不急の外出に電車使うのは気が引けるんだけど。しかもあなたと会うためじゃなくて、コロナが猛威奮ってるから仕事自宅待機になってるんだけど」

 

「俺も在宅になってるよ。リスクとしては同じなんじゃない?」

 

 

話が噛み合わない。というか、私の事云々より自分のことしか考えてない…??

 

 

そこからというもの、ほぼ毎月喧嘩をしていたように思う。私は彼の家まで電車で行っていたのだが、大雨なのに無理やり私を来させようとしたり、私が許せないような冗談を言ったり。私はその度に、「この人の優しさって何なのだろう」と思った。

 

 

同じことの繰り返し。お互いに言い合って、お互いに譲らない。何度「別れる」とLINEで送りかけただろう。もう疲れた。

 

私のことを考えてのことだと思っていた優しさも、自分を「優しい人」に見せたいだけだと気づいたとき、私の中で何かがプツリと切れた音がした。

 

 

付き合ってから1年が経った。仕事を終えて晩御飯のモツ鍋を食べている時、結婚の話になった。もともと彼は結婚願望が強い人だった。でも私はこの時、「彼」と結婚する気はサラサラなくなってしまっていた。

 

崖っぷち。首の皮一枚繋がっている状態。いつ別れてもおかしくなかったと思う。

 

交際一年を期に、もう一度ちゃんと、その「結婚」とやらの話しておかないといけないと思った。いつかは言わなきゃの、いつかが来た気がした。

 

 

「私に結婚する気は今ないよ。これからどうする?」

 

 

そう伝えた。

 

グツグツと煮えるモツ鍋を前に彼が黙りこくってしまった。そんな悲しい顔しないでよ、あとでちゃんと話そう。と慰めるも、目を真っ赤にした彼は黙々とモツ鍋をつついていた。少し可哀想な気もしたが、私の人生に関わることだから、この時しっかり彼に伝えたことは後悔していない。

 

とりあえず家でゆっくり話そう。ということになったので、お店を出て二人で歩いた。寒さが肌を突き刺す。彼が微かに震えている。今思えば、寒さではなく、泣いていたのかもしれない。

 

今日が最後になる気がする。

 

この予感はお互い同じだったように思う。(後編に続く)

収入と顔で人を測る

収入が高い人ほど人は優秀と言えるだろうか。

収入が高い人は妻を一途に愛して不倫せず、家に定時に帰り育児にも積極的に参加してくれ、周りの人に好かれ信頼されているのだろうか。

 

 

恋活疲れし、マッチングアプリを消したはずの私は、また別のアプリを一つだけインストールして今日もスワイプに励んでいた。ブス、ブス、デブ、普通、ブス、デブ、普通、ブス、ブス。心の中で呟きながら画面上を滑る指は、電車の正面に座った人が二度見するほどのスピードを誇る。この前友人と某アプリをあーだこーだ言いながらスワイプしてた時、友人に

「画面見ないでスワイプしてて草」

と言われて無意識に指だけスワイプしてたことに気づいたぐらいだ。多分無自覚なだけで夢でもスワイプしている。

 

 

私の最優先右スワイプ(即ちいいね)といえば、顔立ちである。好みの顔の人じゃないと容赦なく左スワイプ(即ち興味無し)にする。たとえ年収が1億あろうとも。だ。自分ながらどうなんだろうと思いつつ、年々男から己を傷つけられた結果、顔さえ良ければ何でも許せるだろうという魂胆である。(そんなことをしているから何度も同じ目に遭う。)だが流石に反省したので性格重視のアプリに切り替えた。故に性格勝負のブスが多い。性格は合っているはずなのにやり取りに何故かいちいちイライラする。自分の好きでやってることにイライラするなんて、バカみたいな気がしてならない。そんなこんなでまたアプリを削除しそうだ。究極につまらない。助けてくれ。

 

 

(そもそもモテる男性は現実社会を生きているだけで女性に困っていない。🔥のアプリにイケメンが多いのは、写真悪用はもちろんだが、モテるイケメンが遊ぶために使っているからだと思う。学生時代にいい人に出会うと勝ち組なのは間違いない。)

 

 

私の小言はさておいて本題に戻ろう。今の私の付き合う最優先の条件は"顔がいいこと"である。もともと面食いな訳ではないはずなのだが、今までの経験からか理想がつり上がってきた。もう性格やばいのは慣れたから顔だけでも良くあれ。半ば投げやりである。良くないなあと思いつつ、生理的に無理なボーダーラインが上がってきてしまった以上は戻せない。

 

 

私の場合は顔だが、収入である女性も少なくはないだろう。某審査制アプリで

「高収入な男性は魅力的だと思う♡私に貢いでくれた額が愛の大きさ♡」

という本文と、ヴィ○ンのデカい袋と中身の写真をドドンと載せていたとんでもない女がいた。そういう女は君の顔だけが好きだと言った途端に男の顔に水をぶっかけて大きなヒールの音を立てて帰っていく。完全に私のイメージだが、お互いにやってることは同じなのにおかしな話である。

 

 

そもそも高収入な男性が人として優秀だなんて誰が決めたのだろう。社会人になってからの人として優秀のモノサシが年収しかないというのもいささか問題だが、年収のある男性というとは高齢だろうとブスだろうと人間として終わっていようとモテる。年収が高いというだけでその人自身の性格や生き様を一切見ようとしない。知ろうともしない。金欲しさに人が寄っていくのである。当たり前である。

 

 

相手自身を見れない人が自分自身を見てくれるはずがないのである。相手が金目当てだと気づいている時点で、相手が自分の為に金や物を与える以外に何かしてくれる訳がないのである。恋人や結婚相手探しをするにあたって全く手がかりにならない情報が高々と表示される。パーティーに行くと、女性には年収欄がないのに男性には記入欄がある。それを見ると毎度のことながらもやもやする。

 

 

こてんぱんに批判したが、私も人のことは言えないと思う。過去の経験から顔のいい人と付き合うのが安全だと思い込んでいる。顔の良い人が優秀だとは思わない。現にクズばっかりだった記憶しかない。まだまだ井の中の蛙だなと思う。と、同時に妥協を知らずに年だけ取った私は独身のまま死んでいくのだろうという不安もよぎる。そもそも妥協ってなんだ。親より一緒に過ごす相手を決めるのに、妥協するってどういうことだ?

 

 

…分からない。

 

 

こんなことを母や友人に話しながら漠然とした不安を消化してきた。早く結婚したいわけではなく、あまりにも今とかけ離れた現実を求められているような感覚を早くどこかに捨てたいだけだと思う。どこかに捨てて、楽になりたい。ただそれだけなのだが、この漠然とした不安は結婚することでしか解消できない。それか、自分が完全に諦めてしまうかである。

 

 

決まって言われるのがまだ若いんだから。である。まだ若いことと、この不安は比例しないと思う。若いとこの不安の解消が早いのだろうか。そもそも他の22歳はそんなことを微塵も考えないのだろうか。そして私がなぜこの答えの出ないことに関してこんなに思い悩み、こういった活動しているのかも正直分からない。多分疲れているのだと思う。

 

 

金でもない、顔でもない。なら何で判断するのだろうか。この人とならってなんだ。出会ってみないとわからないって、そんな抽象的なことを何故みんな口を揃えて言うのだろうか。そんな非現実的なアドバイスがなんのためになるんだ。その、出会ってみないと分からない人を探すために、私は無意味なことをしている。無意味だから意味がある。とでも言うのだろうか。

 

 

書きながら涙が溢れてしまった。もう沢山だと思う。周りには一旦離れてみることを勧められているのだが、辞めたら遠ざかりそうで怖くなる。一旦辞めても戻ってきてしまう。多分、漠然とした不安を少しずつ消化したいのだと思う。本来の解決方法ではないのは分かっている。でも今の私にはこの方法しか思いつかないらしい。

 

 

話がだいぶ逸れてしまった。書きながら不安な気持ちが溢れて止まらなくなってしまった。元からネガティブ思考で現実主義なところがよく出ていると思う。やっぱり私は生涯独身である他ない気がしてしまう。

空腹ディナーデート

先輩の愚痴を聞いていたら退勤時間の18時を過ぎてしまった。駆け足で帰る準備をし、喫煙所に向かう。8時間半の疲れを煙と共に吐き出しながらLINEを立ち上げる。

 

 

「今日お店で食べるでいいよね?」午後3:42

「まだ終わらない?」午後6:17

 

「仕事長引いたから19時ぐらいになる😂」午後6:18

 

 

はぁ。めんどくさいなあ。と思いながら、最後のひと吸いを終えたので鎖骨に香水を吹きかけ、バス停に向かう。某アプリで出会った32歳男性との3回目のアポの日だ。なんでこんな何回も会ってるのか正直分からない。恋人にしたいわけでも好きなわけでもない。ただなんとなーくゆるゆる会っている。多分、暇な時間を人と会うということで消化したいだけだと思う。

 

 

首都圏の緊急事態宣言が21日まで伸び、世間の飲食店は20時に締めることになっている。元々18時半に待ち合わせだったが、仕事が長引いた為私が現地到着するのは19時。お酒の提供は19時に終わるので、大体のお店は19時にラストオーダーになる。さあ、この人はどんな計画を立てているのか見物である。仕事が長引く事まで考えているのなら、株は爆上がりするのだが。

 

 

「やっぱりもうちょっと早上がりの時にする?」午後6:43

 

(は?無計画ならもっと早く言えよ。)

 

「とりあえず向かうで平気?」午後6:46

 

「おっけー。改札の近くに喫茶店あるんだけど、やってるか見といてくれる?」午後6:48

 

「はーい!」午後6:59

 

 

とまあ、見事に無計画だったのだ。(そして近くの喫茶店の営業時間を私に確認させる始末)待ち合わせ場所は彼の勤務先のあるところだったので、詳しいと思っていたし、私が仕事で遅くなるのは申し訳なかったが、不測の事態が分かってから待ち合わせまで40分もあったはずだ。この日だけならいいが、以前のデートでも特別予約などは無く、基本的に無計画だったので、正直ほぼほぼ諦めていた。私より10歳上の男がこれなのだ。私のほうがもっと上手くやれる。(現に私は電車内でラストオーダーが19時半の飲食店を探していた)そう思った時点でこの人との将来はないと断言できるのだが。

 

 

結局待ち合わせ後もやってるはずのない居酒屋をとりあえず周り、近寄って営業時間も見ずに歩き回るという謎のお散歩タイムを経て、LINEで話していた駅前のカフェに入ることになる。だったら最初からそうしておけば、私が寒い中薄着で歩き回ることはなかったのでは?と思うのだが。

 

 

カフェに入ってロイヤルミルクティーを頼む。私は当然その場では財布を開けることはしないので、(男性側のプライドがあると思っているため。後にちゃんと返すようにしている。)レジ前で突っ立っていた。

 

「ごめん。小銭ある?」

 

あぁ。釣り銭細かくなるの嫌なタイプか。と思いしかたなく財布を開けたが、私もちょうどいい小銭がなかった。

 

「ごめん。ないや😥」

 

「あ、じゃあ電子決済できますか?」

 

 

カフェ代は1000円未満。今日女性と会うって予定があったのにも関わらず、自分が持ってる現金がどれくらいかも把握してないのか。私は財布の中身をしっかり把握していないと気持ち悪いし、友人と割り勘することを想定して大きいお金を崩すほどの徹底ぶりなのでドン引き。それで、レシートを渡されたときのいらないですの返事が少しキレ気味。そこでますますドン引き。

 

 

私は思っていることが態度に出るタイプなので、寒い中無意味に歩かされたことと、レジ前でのもたつきと態度の悪さに少し言葉数が減った。更にドン引き案件だったのが、私に断らずに奥のソファ席にドカっと座ったことと、私のロングコートを椅子にかけたときに裾がついて困ってるのを見ているくせに「こっち置こうか?」などの気遣いが皆無だったこと。そしてミルクティーが全く甘くなかったので、砂糖を持ってこようとして私が席を立ったときに「俺が持ってくるから座ってて」ではなく、「俺のも持ってきて欲しい」と言われたこと。やばい匂いしかしない。

 

 

私の目が三角になりかけ、溜息をつきたかったのは紛れも無い事実なのだが、私も22歳の仮にも「大人」である。相手の時間を奪っている以上は、変に空気を悪くするわけにもいかないので、相手が興味を持って聞いてくれそうな仕事の話をして、その場をもたせる。正直もっと込み入った話をする気力も残ってなかった。その後、相手も喫煙者なので、喫煙所で一服して解散。私は空腹のままである。

 

 

これまでに何回もイライラしてきたことは正直あるが、ここまでイライラ皆勤賞なのも中々ない。もしかして童貞なのかな…(笑)なんてことを思いながら帰宅している。私が年上が好きな理由は、私が何も言わなくても完璧にできるという安心感と、余裕のある雰囲気である。そこが期待できない年上男性に魅力を感じることなどない。元々期待値が高い分、がっかり感が増すのもあって、一度期待を下げられるとどんどん冷めが加速していく。

 

 

無駄な時間を過ごした。だったらとっとと帰って早くお風呂に入った方がマシだ。そんなことをぶつくさ思う。そもそも、早めに見切りを付けているのなら会うのやめたらいいのに。多分これを読んでいる皆さんはそう思うだろう。ド正論だが、私のこの日記のURLを見てほしい。

 

 

私は「婚活ビッチ」なのだ。

 

 

婚活と称して、彼氏判定が出なかった男性を今まで食い尽くしてきた女だ。そんな私が、継続的に会っている男を手放すわけがない。

 

 

とりあえず24日の予定を立てつけた。この日に何もなかったらもう見切りつけるか、飲酒してから電車で向かおうかともすら思った。恋人として考えてありえないと思った人は、セフレとしてできるかできないかとして見るのが一番である。数多の男が私にそうしてきたように。

 

 

やばい。バスの発車時間まであと2分だ。

 

 

下ろしたての春コートの裾を手で持ち上げながら階段を駆け下りる。せっかくお洒落してきたのにな。褒められもしなかったな…。バスに駆け込み、座席に座って落ち着いた頃、鎖骨に吹いた香水の香りが薄くなり始めたのを感じた。と同時にお腹の音が鳴った。

顔面至上主義

「鏡よ鏡。この世で一番美しいのはだぁれ?」

 

 

こんなことを鏡に聞けるほど、美しく生まれたかった。(白雪姫の話の趣旨と少し違うのは承知だが、私の年齢の都合上、目を瞑ってほしい。)私は鏡を見る度、絶望的な気分になる。美人を見る度、嫉妬と自分の醜さに絶望する。だから私はフェイシャルエステに通う。高いサプリを寝る前に飲む。食べたいものを我慢する。高い化粧品を買い漁る。そこまでしてやっと問うことができる。

 

 

 

 

 

「私、美しい?」

 

 

 

 

 

私が小学校に入りたての頃だったと思う。私の両親はいつもより意気揚々としていた。どうやら妹が街中で芸能事務所にスカウトされたという。都内のスタジオに写真撮影をしに行き、返ってきた写真を眺める両親は、「やっぱり可愛いのよ。うちの子。」と言う。両親の目線の先は私ではない。私に「可愛い」という言葉がかけられることはその後なかった。

 

 

私可愛くないんだ。と思った。その時人生で初めて思った。家族で出かけても、私に目をやる者はいない。大体妹に目線が行き、「あら、可愛い子ね。」と大人が口を揃える。幼稚園では、男の子の追っかけができる。私に目をやるものは誰もいない。私に可愛いと声をかけてくれる人は誰もいない。同じ腹から生まれてきたのに、顔の作りが少し違うだけで、私の方が少し長く生きてるのに、妹のために我慢してることだってたくさんあるのに、なんで妹の方が少し顔が可愛いからって、可愛い可愛い言われるんだろう。ずるい。私だって可愛いって言われたい。

 

 

 

 

小学校に入った。(反感を買うのは承知だが)特別頑張らなくても勉強も運動もできる方だった。テストは大体100点満点で持って帰ってくるし、毎年リレーの選手に選ばれて運動会で活躍した。先生の言いつけは守るし、皆をまとめるリーダーやスピーチコンテストに抜擢されたこともある。通知表に「責任感のある子で、友達からの信頼も厚いです。」と書かれ、面談でも特に言うことはありませんと返された。

 

 

でも、私は男の子にモテなかった。告白されたことがないと言うと嘘になるが、俗に言う可愛い子と比べると段違いだった。勉強も運動もできるのに、可愛くないというだけで、男の子達は私を好意を持つ対象から外す。私が可愛くないからだ。そう思った。

 

 

 

中学受験をして、私立中学に入学した。私は小学校の時に友達に色恋話をされるのが苦手だった。というか、男の子のことを好きになれなかった。自分より勉強も運動もできない男の子達が、私の恋愛対象に入る訳がなかった。しかも、そういうのに少し疲れていた。だから女子校を志望し、女子校だけを受験した。自分の気持ちが楽になった。○○君が好きなんだ。とか、○○君が(私)のこと好きらしいよ。とか、そういうくだらない話がなくなった。私にブスであることを突きつける人はいないし、素の自分でいられた。可愛くない私の居場所ができた。

 

 

少しでも可愛くなってみたくなって、コンプレックスだった左目の一重を二重にするために、アイプチを買ってもらった。校則でメイクができないので、友達と出かける時だけアイプチをしてリップをした。髪をいとこからもらったコテで巻いてみた。服をしまむらやパシオスではなく、ピンクラテやWEGOで買った。可愛くなれた。そう思った。

 

 

友達と原宿に出かけた。男の人が声をかけてきた。

「あの、いまサロンモデルを探してるんですけど、あ、ショートの子で探してて…」

男の人の目線は友人に向いていた。自分の髪を触った。私、ミディアムだ…。そっか、ショートの子を探してるから、私じゃないんだなって思った手前、嫌な思考が襲う。私が小学生の頃に味わったあの記憶が蘇る。

 

 

 

私が可愛くないから選ばなかったんじゃなくて?

 

 

 

 

専門学校に入った。その頃には、一重だった左目は二重になっていた。左目に合わせるために奥二重だった右目を並行二重になるようにアイプチで固定した。同じクラスで仲良くなった友人がいた。後に今の親友となる子なのだが、いつもきれいに化粧をしていて、おしゃれだった。原宿の光景が浮かんだ。この子と遊ぶ時、今の自分じゃ隣で歩くの恥ずかしいな。と思った。

 

 

眉毛とアイプチとリップだけのメイクに、アイラインを足した。まつげを上げてマスカラを塗った。WEARや雑誌を見て、ファッションの勉強をした。おしゃれな妹と一緒に服の買い物をした。髪を綺麗に巻けるように練習をして、いろんな髪型をした。鏡を見るのが楽しいと思うようになったのは、この頃からだと思う。私、可愛いかもしれない。

 

 

街を歩く。中学生から続けていたアイプチのおかげで、私の目はすっかり美しい並行二重になっていた。

「ちょっとちょっと!そこのお姉さん!!!」

耳元で急に響いた男性の大きな声でギョッとしてしまう。え?私に話しかけてる?

「この後何するんすか?一緒にお茶でもしませんか?」

キョトンとしてしまったが、少し考えて理解した。私、ナンパされたんだ。

 

 

数メートル先を歩いた。今度は女性から話しかけられた。

「今、サロンモデルを探してるんですけど、お姉さんどうですか?」

その女性の目はまっすぐ私を向いていた。他の誰でもなく、私を見ていた。

 

 

 

 

朝起きて、顔を洗う。Youtubeを見ながら化粧をする。前日から着ると決めていたお気に入りの服を着て、駆け足で洗面所に向かいアイロンを温める。軽く髪を巻いてケープをかける。ピアスを付けて、お気に入りの香水を振って家を出る。今まで私に向けられてなかった目線が、街に出るたび向けられる。

 

この世は間違いなく、顔面至上主義だ。この世を気持ちよく渡り歩くには、美しくあること以上に難しくて簡単なことはない。この世はブスに冷たい。ブスというだけで自尊心をものの見事に打ち砕く。性格がどんなに良くても、「性格のいいブス」以上の何者でもなくなってしまう。そんな世間の冷たい目線が、その人の人格を破壊していく。

 

 

 

 

「鏡よ鏡。この世で一番美しいのはだぁれ?」

「一番ではないけれど、あなたは間違いなく昔のどのあなたよりも美しい。」

 

 

 

今度は昔から気にしていた丸顔が気になる。今の私より美しくなるために、お金を出して小顔になれる魔法をかけてもらおう。私が私であるために

結婚は死別だと思う。

今日も眠い。

この時間はいつも眠い。

まだ周囲が薄暗い中、私は始発の電車に揺られて大あくびをしていた。

マフラーをしている人がまばらになってきた。

もこもこのダウンを着ている人も数えるほどになった。

コロナ対策で開いた電車の窓から流れ込む隙間風が、いつの間にか生ぬるくなった。

 

 

1年付き合っていた彼氏と別れて、早4ヶ月。

季節はすっかり春と化した。

仕事のシフトが早番の時は、よく彼の家に泊めてもらっていた。

彼の家のほうが職場に近く、実家からよりも1時間多く寝られたから。

あとは、彼氏と一緒にいたかったから。

まだ寝ている彼の頬にキスをして、

眠気眼で「行ってらっしゃい」と言われる日々も

今や懐かしい。

 

 

あの時はマフラーをしていた。

彼のダウンを着て、

夜中にコンビニにアイスとタバコを買いに行っていた。

右手だけが、

彼の大きな手に包まれて温かかった。

そんなことを

ふと春の隙間風が吹く電車の中で、思い出していた。

 

 

暇なのでインスタのストーリーを開く。

時系列は昨日の夜。早番の日は早く寝るから、いつものこと。

面白いバラエティー番組やドラマが見たいなあと思っても見てないふりして寝る。

睡眠は健康への投資。

睡眠は健康への投資… 

睡眠は一番簡単な自分への投資…

だが、私が寝ている時間帯というのは、人間にとってゴールデンタイムでもあるわけだ。

とりわけこの時間のストーリーというのが面白い。私は始発の電車に揺られながらそれを見る時間が好きだ。

 

 

だいたい同年代女の上げるストーリーなんて決まりきっている。

友達とオールしている写真、

居酒屋でKP(乾杯の略)、

大学の課題終わらん、

バイトの愚痴、

仕事の愚痴、

男との写真。

私はそれらを数秒ですっ飛ばしていく。

正直仲いい人以外のストーリーはくだらない。

興味がない。

楽しそうにやってるな。

こいつ変わんねえな。

この子彼氏出来たんだ。

可愛いのに相手ブスだな。

ぐらいにしか思わない。

 

 

のだが。

 

私の指が止まった。

 

 

引用ストーリーだった。

中高の友達が2人ほど同じ投稿を引用している。

メンションされていたのは、

さほど仲は良くないが、1度や2度ぐらいは話したことある人達だ。

引用元の人とは繋がってないが、その子とも面識はある。

 

 

Happy Wedding?

結婚おめでとう?

 

 

見慣れない文字が並ぶ。

強烈だったはずの睡魔がすっ飛ぶ。

コロナ渦を考慮したのか、

郵送でお祝いの品とはがきを送ったようだ。

写真にはしっかりと

「Happy Wedding」と記されている。

さすが歴史ある女子校を卒業しただけある。

育ちの良さが伺える。

 

 

まさか。と思い引用元のプロフィールに飛ぶ。

私の知っている聞き覚えのある名字ではない。

明らかに見たことのない名字が誇らしくローマ字で記され、後に旧姓が書かれていた。

 

 

結婚したのか…。

 

 

電車を降りて、

乗り換えする電車のホームへ向かう。

数年前まで制服を着て、

スクールバックを背負っていた私の姿はもうない。改札を通るのも大分慣れた。

 

 

服についていた髪の毛を取った。

電車の窓に映った自分の顔を見た。

間違いなく出勤前のOLのそれだった。

何度見ても、

OLだった。

 

 

気付いたらそれだけ月日が経っていた。

4年前に着ていた制服も、4年後にはもう着れないね(笑)と話のネタになる。

制服ディズニーしている成人を見かける時があるが、普通にイタい。

というか、どこを見ていいのか分からなくなる。

途端にコスプレ感が増す。

明らか成人してるだろ(笑)って人に

無理やり制服を着せて高校3年生!初な女の子。

とタイトルが付いたAVのようだ。(伝われ。)

それだけ長い年月が気づかぬ間に流れていた。

 

 

拭えない違和感と謎の焦燥感に苛まれた。

同じ時間が流れているはずなのに、

私と違う道を歩む人がいる。

当たり前のことと言えば当たり前なのだが、

結婚となるとちょっと話が違う。

例えが悪いけれど、

身近な人が死ぬのと同じかもしれない。

急にどこか遠くへ行ってしまう。

私の知らない世界に行ってしまう。

そんな感覚。

初めての感覚でうまく説明ができないが。

 

 

 

 

ふと元彼との最初のデートを思い出した。

「俺は結婚したいと思ってくれる人と付き合いたいと思ってるんだけど、大丈夫?」

と聞かれた時のことだ。

結婚?まだ仕事も2年目になる頃で、半人前だし。もっと遊びたいしなあ。

でも、この人と愛し合えればできることかもしれない。

そんなことをグルグル考え、

「あなたのことを結婚したいと思うほど好きになれれば、無いことではないと思う。」と答えた。

至極真っ当なことを答えているのだが、

どこかフワフワしていた。

答えながら、そんなことが本当に身に起こるのだろうか。

まだ先だろうと思っていた。

 

 

 

起こるのだ。この年でも。22歳でも。

遠い話じゃない。

 

 

 

元彼は私よりもっと身近な人との"死別"を何度も何度も味わっていたのかと思うと、途端に申し訳なくなった。

中高の面識あるぐらいの人にでさえ、

こんな感情を抱くのだから。

結婚って残酷だ。

独身である自分と友人を"死別"させる悪魔だ。

なのに友人は幸せなのだ。

そこにより一層の残酷さを感じる。

結婚という概念が、

私達独身女性や男性を無意識のうちに苦しめる。

孤独にする。

できなかった者は敗者のように扱われる。

 

勝手に産み落とされて結婚を世の中から強要される。

自由であるということが仇になり、

いい年して独身であることは白い目で見られる。

そんな惨めな気持ちになるなら、

一昔前の日本のように、

何処かの途上国のように、

強制的に結婚させられた方がよっぽど楽なのではないか。

そんなことさえ思い始める。

そしてもっと残酷なことを言うが、

私達が生まれたのは両親の結婚があってのことなのだ。

 

 

 

 

仕事が手に付かない。

痺れを切らしてスマートフォンを触る。

マッチングアプリを開くと

 

「既婚者ですが、セフレ探してます。」

「彼女は探してません。それ目的です。」

「気持ちよくさせます。」

 

スワイプすれば3人に1人はこういう人にあたる。アプリの特性もあるのだろうが、

途端に気持ち悪くなった。

アイコンを長押ししてアプリを2つアンインストールした。

もう二度と見たくないと思った。

こんなにも私を一人の人間ではなく、

ただの女体として、

ダッチワイフとして扱おうと迫る人がいる。

 

 

こんなところで出会いを探して、なんの意味があるんだ。

 

 

そう思った。

 

 

タバコが吸いたい。

小走りで喫煙室に向かう。

ドアを開けると、幾分暖かくなった風が私の横を吹き抜ける。

いい時期にあの同級生は結婚したなと煙をプカプカ吐きながら思う。

道路を走り抜ける車の数々を見て、

運転してる人は独身なのか家庭を持っているのか、そんな余計なことをボーッと考えてしまう。

 

 

私にも春は来るのかな。

寒い寒い冬を何度も乗り越えても、

私に待ち受けるのは吹雪だった。

それでも今の私は吹雪の渦中で打ちひしがれることを何故か選んでしまう。

それに快楽すら覚える。

今はこのままでいい気がする。

春は好きじゃない。

 

 

そういえば、

付き合っていた人との別れも"死別"に似ているなと思った。

仕事に戻ろう。

ため息まじりにドアに手をかけたとき、

そっと元彼に春が来ることを祈ってしまった。